国際シンポジウムをふり返って
新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症については、必ず1次情報として厚生労働省首相官邸のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。またコロナワクチンに関する情報は首相官邸のウェブサイトをご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。
見出し画像

国際シンポジウムをふり返って

5月29日(土)に国際シンポジウム「本景——書物文化がつくりだす連想の風景」(主催:KeMCo)がオンラインにて開催されました。シンポジウムでのトピックや、イベントの舞台裏をレポートいたします!
同時に、本シンポジウムから執筆者が感じたことや学んだことも、少しご紹介できたらと思います。

はじめに

さて、コロナ禍で迎えたKeMCo初の国際シンポジウムには、海外と慶應義塾から合わせて6名のパネリストに登壇いただきました。

クリスチャン・イエンセン氏(大英図書館前収書・司書部長)
アレクサンドラ・ギレスピー氏(トロント大学副学長)
アレッサンドロ・ビアンキ氏(ボドリアン日本研究図書館館長)
佐々木孝浩氏(慶應義塾大学附属研究所斯道文庫教授)
徳永聡子氏(文学部教授)
松田隆美氏(KeMCo機構長/文学部教授)

画像6

専門分野の異なるパネリストに「オブジェクトとしての書物」というテーマでそれぞれご発表いただきました。

「知」のキュレーションの在り方 

クリスチャン・イエンセン氏(大英図書館前収書・司書部長)は、書物はテキストによって「知」を普及する媒体であると考えます。グーテンベルクの印刷技術の発明以降(1450年頃)、わたしたちは誰でも平等にテキスト上に公開された「知」に触れることができます。

スクリーンショット 2021-06-07 14.13.15

(図:ヤン・ファン・デ・ヴェルデ《ハーレムの印刷機》1628年、メトロポリタン美術館)

しかしながら「知」の普及は良くも悪くも、人々の思考や行動を大きく左右するものです。(戦争や差別、誹謗中傷など…)
歴史上の失敗を学ぶことで、現代の私たちにはどのような「知」が必要なのかを考えさせられます。そして正しい「知」のキュレーション(普及)の在り方とは何かを、イエンセン氏は問いかけました。

書物への科学的アプローチ

アレクサンドラ・ギレスピー氏 (トロント大学副学長)は、自身の研究チーム「Old Books, New Science Lab」での活動を、幾つかの調査例を挙げながらお話ししてくださいました。

書物を科学的な視点から調査することで、これまで肉眼では見ることのできなかった細部に注意を向けた研究を進めてるのだそう。
書物に発見された微細な痕跡は、過去を伝えるオブジェクトとして、わたし達に数多くのことを物語るといいます。
(当時の生活様式や生活環境などまで分かることもあるのだそう…!)

こうした大きな規模での書物の科学的調査はめずらしく、斯道文庫の佐々木先生は「うらやましいなぁ…日本でも…」と声をこぼしていました。(笑)

スクリーンショット 2021-06-05 20.53.41

書物の美的価値

アレッサンドロ・ビアンキ氏(ボドリアン日本研究図書館館長)は視覚芸術としての書物という観点に触れました。

書物にはテキストを伝えるという役割以上に、美的に優れた要素があります。例えば装飾写本や豪華なカバーに包まれた書物は、わたし達に視覚的なよろこびを与えます。

スクリーンショット 2021-06-05 21.33.57

(図:「リヨン式ミサ典書」リヨン、1500年、三田メディアセンター)

ビアンキ氏は、書物の知的文化としての価値とともに、美的な価値を並行して探求していくことの必要性を感じています。
これからの学術的なプラットフォームは、より領域横断的なものに変わっていくのでしょうか?考えるだけで、何だかわくわくしてきます。

オブジェクトとしての特小本

佐々木孝浩氏(慶應義塾大学附属研究所斯道文庫教授)には日本の「特小本」(またの名を「豆本」)についてご発表いただきました。
時には読めないほどの小さな文字で書かれた書物もあったのだというお話しもありました。しかし読めないのであれば、なぜ作られたのでしょうか…?
その謎を解いていくことで、テキストとしての役割を持たない「オブジェクトとしての書物」の姿が明らかになっていくかもしれません。

旅行案内書にみる明治期の近代化

徳永聡子先生(文学部教授)は、明治期の旅行関係の印刷物についてご発表いただきました。
近代化を推し進めた時代の日本が、どのように西洋化を遂げていくのか。当時の旅行案内書の内容の変遷は勿論のこと、本の綴じ方装訂までが、明治時代の文化的、社会的、歴史的変化や諸相を反映して徐々に変化していました。

本を内容的な側面から見るだけではなく、物理的な側面の検討をすることで、今後、これまで以上に書物に対して深い理解が得られるようになるかもしれません。

画像5

「連想」するための書物

松田隆美先生(KeMCo機構長・文学部教授)は、書物が「持ち運ぶことのできるツール」であるという側面(フィジカル性)に注目しました。
書物は移動を経験することで、他の書物との関連性を持ちます。それは図書館で本が隣り合うことで、わたし達に「連想」する機会を与えてくれることによく表れているといいます。

そうした「連想の網目」こそ、KeMCoの目指すミュージアムの姿です。
さまざまな背景と専門分野、興味を持った人同士が関連し合うことで、新たな気づきやコミュニティの形成を促すこと。そんなミュージアムを目指しています!

ディスカッション / 舞台裏

シンポジウムの最後には、参加者の皆さまからいただいた質問をもとに、全パネリストによるディスカッションが行われました。
30分という限られた時間では語りつくせないほどに、白熱した話し合いとなりました…!

また、ご視聴いただいた皆さんはお気づきになったかもしれませんが、本シンポジウムでは全体を通して日英の字幕対応がなされていました。

実はこの裏側ではKeMCoスタッフによる多大な苦労が隠れていたのです…!
イベント当日はレポート係であった執筆者は、陰ながら字幕班の勇姿を見守っておりました。お見事な連携プレー、みなさま本当にお疲れ様でした。

結びにかえて

スクリーンショット 2021-06-07 14.19.37

こうして盛りだくさんの内容で無事に閉幕を迎えた国際シンポジウムですが、何と200人以上の方にオンラインにてご参加いただきました!
ありがとうございます。

本シンポジウムのアーカイブは今後何らかの形で公開できるよう検討中です。公開の際はKeMCoウェブサイトやSNSで告知いたします!

長くなってしまいました。
執筆者はシンポジウムのレポートをまとめていく中で、パネリストの方々の発表ももちろんですが、真摯に向き合う姿勢に感嘆いたしました。
一つのことに丹念に向き合うことで、さまざまなことに思いを巡らす姿。たくさん勉強させていただいた次第でした。

学芸スタッフ 万里子


慶應義塾ミュージアム・コモンズ(KeMCo)は、2021年4月にオープンした慶應義塾の大学美術館です。このnoteでは、KeMCoの所員やスタッフがミュージアムやアートに関わる話題を幅広く展開します。「我に触れよ(Tangite me):コロナ時代に修復を考える」展10/18〜