素描は語る…?Artist Voice II: 有元利夫  うたのうまれるところ
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素描は語る…?Artist Voice II: 有元利夫  うたのうまれるところ

Keio Museum Commons (慶應義塾ミュージアム・コモンズ)

今回は、KeMCoから徒歩5分ほどの距離にある、慶應義塾大学アート・センターで開催中の「Artist Voice II: 有元利夫  うたのうまれるところ」についてご紹介いたします…!

今回の慶應義塾大学アート・センターでの展示は、従来の有元利夫作品を紹介する展覧会とは、一味違います。

展示室にあるのは、ほとんど素描のみなのです…!

今回は、慶應義塾大学アート・センターの新倉慎右さんにお話を伺いつつ「うたのうまれるところ」展の持つ、不思議な魅力に迫ります…!🔮

有元利夫って…?

みなさまは、有元利夫という画家をご存知ですか?

小さな頭や手、丸みを帯びたボリューミーな肩周りなど、有元特有の人体表現を見ると、「あぁ、この絵の人ね…!」となる方も少なくないのではないでしょうか…?💡

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(有元利夫 《室内楽》出典 : 独立行政法人国立美術館 https://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=5030 )

しかし、今回「うたのうまれるところ」展で紹介されている素描の中には、独特な人体表現とは少々雰囲気が異なる、写実的な意向が強いデッサンも多く展示されています。

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また、有元作品のもう一つの特徴として、ピエロ・デラ・フランチェスカら、イタリアのルネサンスの画家たちに強い影響を受けつつ、伝統的な日本画の画材である岩絵具などを用いることで、独特の雰囲気を生み出している点がよく指摘されます。

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(ピエロ・デラ・フランチェスカ 《キリストの洗礼》 出典 : WEB GALLERY of ART https://www.wga.hu/support/viewer/z.html )

有元が、東西の文化に幅広く目を向けていたことが伺い知ることができますね。

有元と東西の出会い、様式と個性のはざま

こうした東西の文化は、意図的に組み合わせられているのでしょうか?

新倉さん「どちらかといえば、組み合わせているというよりも、表現や技法の異なる二つの文化の中に、有元が共通のテーマを見出したという方が正確かもしれません。有元は、写実的なリアルというよりは、人間の真の姿ともいえるリアリティを追求していました。有元は、時代も地域も異なる、ルネサンスと仏教美術の両者の中にそうしたテーマ性を見出し、共通点があると感じたのではないでしょうか。」

なるほど。展示室には、何点か仏教彫刻を描いた素描もありましたが、確かに写実的というよりは、「量」と「線」によって追求すべきリアリティを描出しようとしている印象を受けました。

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新倉さん「もちろん、岩絵具の使用やルネサンス的なモチーフは、より直接的な引用と見ることができると思います。このように、東西の融合という視点では、技法の面で顕著ですが、表現の段階においては、むしろ偏在していた共通性を見ていたのではないでしょうか。」

有元は、様式も積極的に肯定していましたよね。そうした中でも、作品を見ればすぐに「有元さんの絵だ!」とわかる、個性も持ち合わせています。個性と様式のバランスが絶妙ですね。

新倉さん「有元が学生であった60年代は、コンセプチュアルアートが大流行し、作家たちは、自分らしさや個性を追求しました。しかし、依って立つものとしての様式がない中で、作家たちはある種の不安を抱えますよね。」

60年代に限らず現在も、あらゆる場面で個性や独自性などが求められますよね。そうした雰囲気に対して、有元はどのようなスタンスだったのでしょうか?

新倉さん「有元の場合は、まず自身がやろうとしている表現、すなわち『量』と『線』、人体のリアリティーの追求というテーマを持ってました。そして、偶然触れたルネサンスの絵画などの様式の中に、共通するテーマを見出し、安心してそれらを地盤に自身の表現を跳躍させることができたのでしょう。そして結果的に、テーマを追求していく中で、有元らしい人体表現という一つの個性の発揮に繋がったのです。もはやこれは、有元自身の様式といっても良いかもしれないですね。」

有元が求めた表現への一貫した関心は、様式と個性という枠組みを軽やかに、シームレスに横断していたのですね。

なぜ、素描なのか?

有元利夫は、『有元利夫と女神たち』の中で、マチエールの持つ力を積極的に活かすと明言しています。

しかし、今回展示されている素描は、どこにでもあるスケッチブックなどに鉛筆などを用いて描かれたものです。

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いわゆる「有元らしさ」を連想しづらい写実的な表現も垣間見られる、普通のスケッチブックに描かれたたくさんの素描たち。

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しかし、こうした素描からこそ、有元の作家としての姿勢を窺い知ることができるのだそうです。

一体どういうことなのでしょうか…?

素描から迫る、有元利夫が描きたかったもの

新倉さんの考える「有元利夫らしさ」とはどのようなものなのでしょうか?

新倉さん「やはり、最もわかりやすいのは、人体表現ですね。大学を卒業したばかりの頃の有元は、いわゆるルネサンス的なしっかりとした人体表現をしていましたが、次第に独自の表現へと変化していきます。今回展示している素描の中には、写実的なものもある一方で、有元らしい特徴的な人体表現も見られますよね。こうした素描の時系列は、明確ではないのですが、有元は一貫して人体の表現に関心を持っていたといえます。」

それでは、今回展示されている素描の中に、そうした有元の人体表現への関心を見ることはできるのでしょうか。

新倉さん「そうですね。完成作と異なり、今回展示している素描は、ほとんど色もなく、マチエールの力もあまりありません。そんな中有元は、線を用いてボリューム感を追求していることがよくわかります。」

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新倉さん「実はあまり目立ちませんが、よくみると完成作の方も、陰影などがしっかりと表現されています。こうしたメディウムの違いの中でも、同じものを追求していることから、有元の一貫した『量』と『線』への一環した関心が見て取れますね。」

完成作とは異なり、シンプルな道具のみを用い、繕わない(繕えない)素描だからこそ、作家の関心をより如実に窺い知ることができるのですね。

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(有元利夫 《テアトルの道》出典 : 『有元利夫 (日経ポケット・ギャラリー)』日本経済新聞出版 1991年)

新倉さん「マチエールを削ぎ落として見えてくるのは、有元の、線やボリュームを用いた人体表現への関心です。完成作と同じく、素描にもそうした関心の一貫性が見られるところが、素描から窺い知ることができる有元らしさ、といえるかもしれませんね。」

確かに、一見有元の陰影への関心は、完成作ではフラットに表現されており、目立つものではありません。しかし、素描をみてから完成作を見ると、見えてくるものが変わってきますね。これこそが、素描と向き合う鑑賞の醍醐味なのですね!

新倉さん「有元の完成作の中の人物は、写実的な人体として表現されているわけではありません。しかし、素描を見ると、有元は最初からしっかりした人体に対する前提の知識があることがよくわかりますよね。そうした素地が、完成作での「有元らしい」人体表現にも繋がってくるのだと思います。」

こうしたことは、現代美術やコンセプチュアル・アートなどにも通底して言えることかもしれないと感じました。造形に対する揺るがない素地があってこそ初めて、コンセプチュアルな理論の部分と相互補完できるというか…

新倉さん「そうですね。例えばピカソなども、デフォルメした人体表現をしますが、そうした表現は、実際に人体の構造を綿密に研究しているからこそ可能なものですよね。有元も、造形のバックボーンがしっかりしているからこそ、彼が追求した人体のリアリティ(真実らしさ)を表現できるのだと思います。」

確かに有元は、自著『有元利夫と女神たち』の中で独特の人体表現について、「ジャコメッティかさもなくばピカソの『ローズ』じゃないけれど、いい形というのは太っているか細いかのどちらか、という気がします。ものの形の本質を掴む一方法は誇張です。」と述べていますね。

新倉さん「今後どこかで有元作品に出会った時に、(『うたのうまれるところ』展で展示していた)あの素描を描いていた人なのだなと思ってもらえたら、いいなと思います。本来、鑑賞は自由なものですが、どのような素描を描いていた作家なのかを知ってからの鑑賞は、もう一段階違う美術や世界を楽しむことができるようになるのではないでしょうか。」

新倉さん、ありがとうございました!

みなさまもぜひ、展示室でじっくりと素描と向き合ってみてはいかがでしょうか。

参考文献 : 有元利夫『有元利夫と女神たち』美術出版社 1981年

(文責 : 学芸スタッフKeMiCo KOYURI)

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Artist Voice II: 有元利夫  うたのうまれるところ
会期 : 2022年2月14日(月)-4月22日(木)まで
開館時間 : 11:00-18:00 (土・日・祝日休館)
場所 : 慶應義塾大学アート・スペース

ご予約はこちらから!
※入場には事前予約が必要です。(慶應義塾の学生、教職員は事前予約不要)



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慶應義塾ミュージアム・コモンズ(KeMCo)は、2021年4月にオープンした慶應義塾の大学美術館です。このnoteでは、KeMCoの所員やスタッフがミュージアムやアートに関わる話題を幅広く展開します。