【守ること、伝えること】文化財の修復を取材!「弘法大師像」#2
このnoteは「弘法⼤師像」(センチュリー⾚尾コレクション)修復noteの第2回です。
ここでは、第1回から進んだ「弘法⼤師像」の修復の様⼦をお届けしたいと思います!
第1回note はこちらから↓ (詳しい作品紹介もしています!)
「弘法大師像」修復の進捗具合
まず、「弘法⼤師像」修復の進捗具合について報告したいと思います!
7⽉19⽇、私たちは株式会社修護様の修理室に、第2回修復打合せのため、再びお邪魔しました。今回の打合せには、慶應義塾大学・林温名誉教授にもご同席いただき、慶應義塾広報室の取材も同時におこなわれました。
まず右の画像、現在の「弘法⼤師像」をご覧ください。
作品全体が以前と比べて、やや明るくなっていると思いませんか?
例えば、弘法⼤師が座る台座の⽊⽬など、以前は、⽬視するのが困難だったものが、鮮明に見えるようになってきました。
このように明るくなった「弘法⼤師像」ですが、
前回の記事以降に、どういった修復過程を経たのか紹介していきたいと思います。
まず、⾏われたのが「ドライクリーニング」です。
これは水を使用せずに、表⾯のほこりをはらうことを指します。
その次に総裏紙(そううらがみ)を除去しました。
総裏紙は掛軸の最も裏側に貼られている紙です。総裏紙を接着する糊が乾きっていたため、綺麗に剥がすことができました。
写真に写っているのが、取り除かれた総裏紙です。
総裏紙の画⾯右側には茶⾊の斑点が見て取れます。作品の画面に付着していたカビが、巻き取りの際に総裏紙に付着してしまっていることを⽰しています。
次におこなわれたのが「湿式クリーニング」です。
これはパルプ紙(吸水紙)の上に総裏紙を剥がした作品を重ね、その上から⽔分を与えるクリーニング方法です。吸⽔性の⾼いパルプ紙に絹本の汚れが吸い取られていきます。
下の画像、パルプ紙上にまだらと茶⾊になっているのが、この時除去された汚れです。仏画には、お堂のなかで焚かれる、線香などのススが付着していることが多く、ススのような酸性の汚れを取り除くことで、画面が明るくなることに加え、今後の劣化の進行を緩やかにする効果もあります。
この次の作業は「剥落⽌め」です。
剥落⽌めは絵具が落ちてしまわないように、動物から作られる膠(にかわ)で、絵具を絹地に⽌めておく作業です。今回の剥落⽌めには、うさぎ膠(商品名)を使っており、ここからの作業では⽜の膠を⽤いるのだそうです。
以上が現段階において完了している修復⼯程です。この後、弘法⼤師像の正⾯からもわずかに⾒えている⿊⾊の肌裏紙(はだうらがみ)を除去していくこととなります。
しかしその際、肌裏紙と同時に、絹本にされている裏彩⾊が取れてしまう可能性があります。そのため、絹が欠失してしまい、裏彩⾊が露出してしまっている箇所の補絹作業を、作品の表側からあらかじめ⾏う必要があります。
今回お邪魔した際にはこの作業が進⾏中でした。前回のnote で紹介したように、当初の絹に適合するように、組織構造が近似している絹を電⼦線劣化させ、その絹を⽋損している部分に合わせて切り取り、パーツをはめ込んでいくのです。
(補絹についてもっと知りたい方は第1回noteをチェック!)
以上のように、修復作業が進む「弘法⼤師像」ですが、ここからは今回の打合せで相談した、今後の修復内容について紹介したいと思います。
第2回打合せ内容
まずは過去の修復の際に補われた絹の取り扱いについて方針を決めます。今回の修復では、過去の修復の際に補われた絹は、基本取り除く方向としました。しかし、広範囲に補われており、そこに線描や、重要な表現がなされている場合は検討を要します。弘法⼤師と台座の間の部分がそれに当たります。
過去の修復の際に補われた絹ですので、当初の絹とは異なる構造をしています。さらにはその修復の際、絹を補った後に、元々の絵との表現の辻褄を合わせるために線が引かれています。写真の緑枠内、描かれる墨線のタッチが少しだけ違うことがわかるでしょうか。
この過去の修復で補われた絹およびそこに描かれた墨線については、様式の近い他の様々な「弘法⼤師像」と⽐較して、この補われた絹および墨線が後世に伝えていくうえで本当に必要なのかを判断していきます。
次の検討事項は、新たに⽤いる肌裏紙の⾊についてです。肌裏紙の⾊は絹本からも透けて⾒える⾊であり、作品の印象を決定する重要な要素なので慎重に選ばなければなりません。さらに、この肌裏紙を選ぶためには、本作「弘法⼤師像」が⼀体どのような作品であったのかを考える必要があります。
今回のクリーニングを経て、「弘法⼤師像」がより鮮明に⾒えるようになったことで判明したのは、この「弘法⼤師像」は、⽐較的明るい⾊彩が⽤いられており、優しく穏やかな⼤師像であるということです。
この優しさに満ちた「弘法⼤師像」にふさわしいように、1枚目の肌裏紙にはやや明るめのこげ茶⾊に近い⾊を選びました。今回の修復では、薄口の本美濃紙を用いる事で、肌裏紙を2層構造にし、1枚目+2枚目の肌裏紙の色で微妙な調整をする方法で進められています。
最後に相談したのは表装裂(ひょうそうぎれ)についてです。表装裂とは、掛軸の本紙の周囲に巡らせた裂のことで、本紙を保護しながら、装飾する効果もあります。表装裂次第で大きく作品の印象が変わるため、どのような作品であるか、どのような場所で飾るか、所有者の判断が求められる工程です。
今回は、新しい肌裏紙にした時に、⼤師像全体が明るくなることを予想し、その作品の色調に合っていること、さらには真⾔宗の祖師像や鎌倉時代に描かれた肖像画という、画題や作品の制作経緯にふさわしいこと、さらにKeMCoなど美術館展示室で展示される際の状況等を加味して、⾊や柄を選ぶ必要があります。
議論の結果、「弘法大師像」には上品な印象となるよう、総縁(そうべり)には、茶系の裂を選ぶことにしました。色や織柄にはいくつか種類がありますし、中縁(ちゅうべり)の裂の組み合わせなどは、シュミレーションソフトを使って選んでいくそうです。次回のレポートをお楽しみに。
今回の修復打合せの内容は以上です。
修復を経て、「弘法大師像」のさまざまな側面が明らかになってきました。今後の修復が楽しみです!
今後のnote にもご期待ください!
文責:宮﨑黎(慶應義塾大学修士課程2年、KeMiCo)
監修:松谷芙美(慶應義塾ミュージアム・コモンズ専任講師)
写真撮影:岸 剛史