【展示の流儀】慶應義塾大学アート・センター渡部葉子先生&新倉慎右先生インタビュー(後編)
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【展示の流儀】慶應義塾大学アート・センター渡部葉子先生&新倉慎右先生インタビュー(後編)

慶應義塾大学アート・センターで開催中の展覧会「Artist  Voice Ⅰ: 河口 龍夫 無呼吸」。キュレーションを担当された渡部先生と新倉先生へのインタビュー記事、後編です!

今回は、個々の作品についてのお話をメインに伺いました。

前編はこちらから!

ー個々の作品について伺います。今回の展覧会ポスターを使った作品、〈レクイエムシリーズ〉では、一つ一つの "点" がコロナウイルスによって亡くなった人の数を表現していると聞きました。また、こちらとは別に、慶應義塾ミュージアム・コモンズの講座「ミュージアムとコモンズ」では、河口龍夫さんの貝殻の作品(写真参照)を見ました。この作品の "点" も、人の命を表現しているんですか?

レクイエム

貝殻の写真


渡部先生「そういうわけではないですね。河口先生はもともと意匠として "点" を使っていて、ポスターの点とは異なります。」

ーなるほど。今回は意味を持たせているけど、今までも意匠として使っていたんですね。凄く繊細で綺麗な点描ですよね。

渡部先生「そうなのです。河口先生は造形的スキルが高く、作品が美しいという特徴があります。それは黒板塗料の塗り(写真参照)の完璧さからも分かりますよね。9000の点を打つのでも、凄く綺麗に点が打たれているのです。点の美しさがあるからこそ、その一つ一つが亡くなった人を表していると知った時、感情の揺さぶりが大きくなりますよね。」

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ー美しさとのギャップ、確かに感じました。私ははじめ「映え」という感覚で見ていたので、背景を知った時、表面的に受け取ってしまったショックがありました。ただ、そう思えたのは、造形の綺麗さがあったからこそな気もしています。

渡部先生「河口作品の魅力としてメッセージ性を挙げられますが、メッセージ性があっても造形性を決しておろそかにしない、一つ一つの造形的クオリティの高さも魅力的です。ちょっとした傾き、切り抜き方、置き方に、間違いのない造形的スキルが発揮されています。」

ー綺麗な作品といえば、宇宙の作品〈光の星 闇の星・反転された宇宙〉も印象的でした。この作品の特徴はやっぱり天体写真でしょうか(写真参照)?

反転黒

反転白

渡部先生「天体写真を使った作品は幾つかあるのですが、この作品は天体写真で黒い背景に星が輝いている(私たちが通常見ている星)を表現しています。そして、裏側は透かせて白地に星の部分を鉛筆で書いて、反転された宇宙の星を表現しています。私たちはいつも地球から星を見ていますが、宇宙のかなたから見たらどう見えるか?ひとつの物を異なる面からみてみるという発想がこの作品で表現されています。」

新倉先生「視点を人間以外のところにとるのが河口先生らしさでもあります。反転された宇宙も、宇宙側の視点に立っていますよね。」

渡部先生「作家の考えを作品を通じて表出させるというより、作品を通じて対象の在り方を解明しようと試みていて、解釈は鑑賞者の自由に任せている感じですね。」

ー奥が深いですね…。それでは続いて、〈関係-教育・エドゥカティオ/金沢〉について伺います。教育の在り方を示す作品だということですが、それはどんな在り方なのでしょうか?

教育

渡部先生「エドゥカティオはEducationの語源で、ラテン語で「抽き出す」という意味なのです。教育は本来引き出すものである、という教育の根本を問いかけています。」

ーなるほど。実際、作品の鑑賞中は今まさに何かが引き出されているのかもしれないという感覚がありました。また、普段は美術館にいくと、展示品のすぐそばに作品解説がありますが、今回の展示は作品解説が別紙になっていました。解説がすぐそこにあると自分で考える前にそれに頼ってしまいます。それが別紙になっていることで、まずは自分で考えてみる、思考を引き出される感じがしました。キュレーションの段階でそういった意図があったんですか?


渡部先生「通常、美術館を見るときには冊子やそのキャプションを見ながら確認行為をしますよね。でも、とりあえずなんだかわからないけど見てみるというのが大切なのです。キャプションを見てしまったあとの鑑賞は、よく見て考えるというより、確認行為に陥ってしまいがちです。人は、分かりやすい名づけがあれば安心してしまうものなので、なるべく安心しないで鑑賞してもらうと、より充実した鑑賞体験になります。」

新倉先生「意地悪をしているわけではなく、いい意味で鑑賞者にプレッシャーをかけることで "引き出される" 効果が高まるのではないかと思っています。」

渡部先生「実際、現代美術に対してハードルの高さを感じる方は多いのです。ただ、同じ時代を生きる作家の作品だからこそ、鑑賞者は作家が世界をどう見ているのかを知る、リアルタイムの面白さがあると私は思うのです。
学生の間に一回でも(現代美術に)出会う機会があると、継続的に、身構えずに楽しめるようになるのではないかと思っていて、アート・センターでは、毎年一回は現代美術の展覧会を開くことにしているのですよ。」

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—大学の施設だからこそ、学生達にとって肩肘張らずに鑑賞できる貴重な機会になりますよね!そうして考える機会が与えられ、作品のメッセージを知るために思考でアプローチする...というのは、まさにアーティストボイスだなと思いました。受け身で鑑賞していると、作品とコミュニケ―ションできないけれど、自分からそのメッセージを聞こうとするからこそアーティストのボイスをキャッチして作品とコミュニケーションできる気がします。

渡部先生「そうですね。先ほども言及した、引き出す側である「作品」が持っている魅力、造形的な質の高さがあるからこそ、みんなにメッセージを届けられるのです。作品全部が造形的にも優れている作家は少ないので、河口先生は特別です。先生は、震災など深刻なテーマでも作品づくりをしていますが、テーマ性の強さに関係なく、一貫して造形的クオリティに妥協はないのです。」

—間違いないですね!ところで、先生達の "推し" 作品はありますでしょうか?

新倉先生「最後のポスターの作品(無呼吸からの飛翔、レクイエムシリーズ)は、自分でデザインしたものなので思い入れがあります。その他でいうと、前回と引き続き展示している作品でもある《飛行する案内状》ですね。ハスの種が乗っていて、まさにコロナの状況から脱出したいという、コンセプト的にも合っている作品だ思います。やはり、具体的な形をつくると造形的なうまさが際立ちますね。月下美人の素描も際立って上手いです。」

新倉さん

—飛行機って上手いか下手かがはっきり出ますよね。紙飛行機も簡単に見えて、上手な人はとことん綺麗な造形のものをつくるイメージがあります。

新倉先生「意味的にも、造形的にも、前回からの印象が強くていい作品だと思います。」

渡部先生「ポスターも印象的ですが、私は真四角の白い箱のチョコレートの作品〈関係-無関係〉が一推しです。全部で50作品くらいある中から7つを選んで、それぞれあだ名をつけたりもしました(笑)蓋の線のメッセージ性が強くて、それが一番好きですね。

渡部先生


新倉先生「作家の手の軌跡が現れていますよね。線に河口先生の言葉が表れているような感じもします。」

渡部先生「銅片の縁の線がフタに描かれていて、その線に、存在の確かさと危うさが表れていますね。」

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新倉先生「もちろん、我々の見解が絶対的に正しいというわけではないですよ。」

ー鑑賞者によって、受け取り方や注目の仕方が異なるのが面白いです!

渡部先生「他大学の授業で、河口先生に学生とトークをしてもらったことがあるのです。その時に河口先生が仰った印象的な言葉があるんです。『私はかつて魚でしたので鰓呼吸は得意でした。嘘です。このようにアーティストの言うことはあてになりません。』と。」

新倉先生「私はこう見ますけど、皆さんの見方は自由です...というように、鑑賞者に各々の受け取り方で考えてもらうことがポイントなのかなと思います。その言葉からも窺えますよね。」

ーすごい心を掴まれる言葉ですね!TEDのスピーチみたいです(笑)。

ーあらためて今回の展示を振り返ると、バランスの良さが一つのキーワードに思えます。造形美があるから取っつきやすいし、コンパクトな展示室だから集中できるし、解説が別紙になっているから自分で色々考察もできて...ただ、ちゃんと解説があるから安心もできて、という。

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渡部先生「そう思ってもらえて嬉しいです。ちなみに、KeMCoMの "推し" 作品はどれですか?」

ー「黒板になったテレビ」と「黒板になったパソコン」です。先生方も仰っていたように、塗りが凄く綺麗で、もともと緑色で作られたものかと思いました。あとは、コロナ禍でオンライン授業に切り替わって学生生活がガラッと変わってしまったので、作品を見ていて一番感情が持っていかれる感覚がありました。個人的には、パソコンもテレビも古い型のものだったので、時代の要請にすぐには答えられなかった様子を表しているのかな、とも思いました。

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渡部先生「学生に響く作品だと思います。一方、先生方にも凄く響く作品ですね。この1年で "教育" は色々試されて、対面で伝えられていると思っていたことが意外と伝わっていなかったことが判明したり、リモートでやった方が質問できる子がいたりもする。そのような状況下で、大学の先生達は本当に頑張ったと思いますし、教育者としてのマインドの高さが顕著に現れた1年だったように思います。河口先生も去年の3月まで金沢工芸大学で教えていたんですけど、コロナの影響で最終講義が出来なかったそうです。ただ、それ以降もずっと教育の場に接しているので、教育に対する気持ちの強さが感じられる作品ですよね。」

—ほぼ1年間、勉強もサークルもオンラインになりました。鑑賞した学生一人一人があの作品を見てどう思うのか、とても気になります。2年生までは対面でやっていた私たち4年生が思うことと、1年目からオンラインの現2年生たちが思うことは違うんじゃないかな?とも思います。


渡部先生「オブジェクトを目の当たりにする面白さは、そういうところですよね。この作品が出来事を考えるものさしになって、共有する事象に対する鑑賞者それぞれの異なる体験・感情が鮮明になりますよね。「コロナの間どうでしたか?」と聞いても中々答えにくいけれど、作品を前にすれば素直な気持ちが出てくると思います。作品は、そういう力も持っていて、実際にその目で見ないと得られない部分もあるので、学生の皆さんにはぜひ実物を見に来て欲しいですね。」

ー学生へのメッセージもありがとうございます!確かに、最近、実物を見ることの重要性を強く感じています。どんなに高精細な写真でも、実物のサイズ感、立体感、テクスチャ、色味は分からないんだな...と。実物を見ると、大きく感情が揺さぶられる気がしますし、河口先生の作品はぜひ実物を見て欲しいですね。本日はありがとうございました。

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P.S.これ↓が、KAHOの作った紙飛行機です。河口先生の造形美をあらためて実感しました...。皆さんも鑑賞後はぜひ紙飛行機を作ってみてください!

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慶應義塾ミュージアム・コモンズ(KeMCo)は、2021年4月にオープンした慶應義塾の大学美術館です。このnoteでは、KeMCoの所員やスタッフがミュージアムやアートに関わる話題を幅広く展開します。「我に触れよ(Tangite me):コロナ時代に修復を考える」展10/18〜