【守ること、伝えること】文化財の修復を取材!「弘法大師像」#4
この記事は「弘法大師像」(センチュリー赤尾コレクション)修復note第4
回です。
今回は、表装裂を植物染料で染める工程を紹介します!
過去の記事はこちらから↓(詳しい作品紹介もしています)
前回の記事では表具裂を選んだところまで紹介しました。
選んだ赤茶系の表装裂はサンプルでしたので、この「弘法大師像」のために裂を一から染めるとのこと。
実は、何を隠そう、引退後は森で染め物をやって暮らしたいというスローライフに憧れていた私。
茜に、どんぐりや丁子を使うという言葉に、心躍っていたところ…修復工房より、
「今月末、草木染めを行う工房に研修に行くので、ご一緒にいかがですか?」
とのお誘いをいただき、草木染めの現場へ取材に伺いました。
新宿から電車で30分ほどの柿生駅。のどかな川沿いを歩いた先に、草木工房(https://yamazaki-kusakizome.com/)はあります。わくわくした気持ちで、修護のスタッフの皆さんと到着したのは、緑に囲まれた木造の工房でした。
工房内は、レシピのメモがびっしり貼られた壁に、たくさんのガス台と鍋が並びます。すでに、染料の匂いがします。
にこやかに迎えてくださったのは、草木工房 主宰 山崎和樹さん。
山崎家は祖父山崎斌さんから、代々染色家として活動されています。
現在主宰の山崎和樹さんは、代々受け継いだ草木染めの技術を守りながら、さらには『当世染物鑑』(元禄9年)など江戸時代の資料に記された染めを再現するなど、古典技術の復興にも取り組んでいるそう。
染めのレシピ
今回は弘法大師の古色のある趣に合わせつつ、暖色で温かみのある表装裂ということで、日本古来の赤色の染料「茜」(日本茜は貴重なため西洋茜)と、そこに茶味を加えるために阿仙薬(ガンビール)を用いることにしました。ガンビールは、ヤシ科の植物から作った薬剤です。
用意されていたのは、
丹冷(西洋茜と阿仙薬の重ね染め)と書かれたメモ。
昔、化学の授業で行った、水溶液の実験を思い起こすようなメモです。
素材 絹綾 126グラム×2枚
西洋茜 756グラム
阿仙薬 378グラム
生明礬 60.5グラム
1.布の重さを量り、染料と媒染剤の量を求める
2.西洋茜の抽出
3.阿仙薬の抽出
4.生明礬(みょうばん)媒染剤作り
5.浸し染め 西洋茜(15分)
6.生明礬媒染(15分)
7.水洗、浸し染め 西洋茜(15分)
8.水洗
9.浸し染め 阿仙薬(15分)
10.生明礬媒染(15分)
11.水洗、浸し染め(15分)
12.水洗、乾燥
要約すれば、茜と阿仙薬の染料液をつくり、明礬から媒染剤を作り、
浸し染め→媒染→水洗の工程を、茜、阿仙薬の順で行うようですね📝
低温の浸し染めの工程です。
さっそく茜の抽出へ
工房の外、ビニールテントに移動。
西洋茜は根っこをつかいます。ボール1つが750グラム。
茜に熱湯20リットルをかけ、10分放置、ザルで濾します。
この液は0番液(染めには使わないそうです)。
水洗いした茜を熱湯20リットル(水に酢を100ml加える)にいれ、沸騰後15分煮出して、布で濾します。
つづいて阿仙薬の抽出です
阿仙薬はすでに薬剤になっています。砕いたものを水10リットルに入れ、加熱、沸騰後15分煮出して、布でこします。
浸し染めの工程へ
いよいよ茜の染料液に裂を浸していきます。
桶に染料液を入れます。布をゆっくりしずめ、二人のスタッフが手繰り寄せるようにして、ムラなく液に浸していきます。
お風呂のような温かなお湯です。
冬なら最高なのですが、実はこの日は7月の末日、気温は36度。
クーラーはなく、しかも近くでお湯がグラグラ沸いています。
扇風機が回るビニールテントは過酷な環境でしたが、黙々と15分染めていきます。
続いて、媒染液に移します。同じくお風呂のような温度です。
ここでも15分。
その後水洗し、もう一度染料液に入れて15分浸し染め。
最後に水洗。井戸水で濯ぎます。
綺麗なオレンジがかった薄桃色にそまりました。
茜が終わったら、今度は茶味を加えるための阿仙薬に浸していきます。
同じく、浸し染め(15分)、媒染液(15分)、水洗浸し染め(15分)です。
しばし休憩 🌸🌰🌲
サンプルの絹糸を見せていただきました!
宝箱のようにうつくしいです。
これがすべて植物染料とは信じられない鮮やかさです。
古きを学び、自然とともに暮らす
大量な染料液はどれくらい使えるのかと尋ねたところ、夏場は染料液が長くもたないので、本日中に、他の裂も追加で染めるそう💦
やっぱり、一回ではもったいないですよね💡
実は夏は藍染などを行い、
茜染めは冬行うのがベストとのこと。
今回は納期のため、7月の暑い最中に無理に実施してくださいましたが、
四季の移り変わりにあわせて、自然に感謝しながら染色することが本来の姿です。
草木工房のホームページの草木工房の意義にも、
以下の言葉がありました。
いよいよサンプルの確認
染めの桶には、色味確認の小裂を入れて、色の濃さを確認していました。
上の桃色の裂は茜のみ。
下の細長い裂が、阿仙薬の染めの工程を追加したものです。
もう少し茶味を足した方が弘法大師像には似合うのではないかと、修復工房の担当者と相談をしました。
もう一度阿仙薬に浸す工程を追加することになりました。
15分×3回。45分の作業が追加です。まだまだ試作は続きます。
現代の染めは、渋みが無い鮮やかなものが好まれるそうですが、
今回は修復の表装用であったため、茶味を追加することがポイントでした。
修復家と染色家の認識のすり合わせを、実際の作業の中で行う必要があったのです。
化学染料だと、一発で色が染まるので、もっと工程は楽なのだそうですが、古い絵と裂を合わせたときに、少し違和感を感じると、修復師さんは言います。
また、最近のLED照明の下だと、植物染料か化学染料か、すぐわかるほど異なるのだそうです。
展覧会では掛け軸の表装裂にも注目したいですね!
修復作業は、モノだけではなく、昔から代々伝わった技術を残すこと。
そんなことを染めの作業からも感じました。
次回noteでは、染め上がった裂を紹介します。お楽しみに。
執筆:松谷芙美(慶應義塾ミュージアム・コモンズ専任講師)
協力:株式会社 修護
草木工房