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【守ること、伝えること】文化財の修復を取材!「弘法大師像」 #6

この記事は「弘法大師像」(センチュリー赤尾コレクション)修復note第6
回です。

 今回は、修復工房の冬の風物詩「寒糊炊き」を取材しました。

過去の記事はこちらから↓


修復工房では、大寒(二十四節気の一つ。新暦の1月21日頃で、気候的にも一年中で、一番寒い頃にあたる。)に文化財の修復に使う「古糊(ふるのり)」を作ります。

古糊とは、小麦のでんぷんと精製水を炊きあげて作った糊を、甕に入れて10年暗所に保管し、微生物の働きで熟成させたものです。
主に掛け軸などの裏打ち紙を張り合わせる際に使います。

裏打ち紙については#5に書いています!
慶應義塾所蔵の弘法大師像は大きいので、この古糊を沢山使うそうです。
https://kemco-keio.note.jp/n/n9d0980bcb847

暑い時期では、微生物が活発すぎて、糊が熟成する前に食べられてしまいます!そのため、雑菌の少ない寒い時期に作る必要があります。

この「寒糊炊き(かんのりたき)」は、各修復工房で、代々続けられている恒例行事です。
今回は、弘法大師像の修復をお願いしている修護さんの「寒糊炊き」に参加させていただきました。

寒糊炊きを取材!

1月20日(土)9時30分 日暮里にある修護さんの事務所にお邪魔すると、すでに活気ある声が!
ベランダでは、餅つきさながらの湯気がたつ中、糊が炊かれていました。

工程をずらして2つの鍋で同時進行

原料はでんぷんと水。
このでんぷんは、小麦粉から麩(主にタンパク質)を作った後の残滓で、「生沈」と呼びます。これで出来た糊を「沈糊(じんのり)」(生麩糊とも)と呼びます。

糊の原料となるでんぷん

釜で火にかけていきます。
最初は、水気が多くシャバシャバしていて、混ぜるのも力が要りませんが、だんだんと粘り気が出て、重たくなってきます。
焦げついてしまわないよう注意しながら、なんと50分間!!交代交代で、かき混ぜます。頑張って混ぜ続けると、再び少し緩くなり、艶が出たら完成です。

この糊を濾してすぐに使用することもできます。
これは「新糊」といい、「古糊」と使い分けて、接着力が必要な箇所などで使用します。ただ、防腐剤が入っていないため、作り溜めが出来ません。ある程度の期間で、使い切れる量を日々作っているそうです。

力強く鍋底を擦るように混ぜます
1つ目の鍋が完成しました。甕に入れます。

古糊の仕込み量はそれぞれの工房の(10年後の!)計画に寄りますが、修護さんでは、今回この甕一杯分の古糊を仕込みます。
私の目視でも、あと5回以上は必要そうです・・・1鍋で50分、時間差で2鍋同時に作業してるので、6鍋?で、およそ3時間程度の作業になります。

お餅製造機のように、機械で混ぜては??と思うかもしれません。
でんぷんに均一に火を通して、むらのない滑らかな糊を作るには、人による作業が必要なんだそうです。

弘法大師像のために、未来の工房のために、私も糊作りお手伝いさせていただきました。
棒を持った途端、思ったよりも重く、明らかにスピードが落ちました。
糊が焦げつきそうで心配になり、初回は、たった20秒でバトンタッチしていただきました(笑)。

糊をかき混ぜる筆者

何回か交代で、手伝わせていただきましたが、これを50分×6回はなかなかの重労働。
季節は大寒。鍋の近くは暖かいのですが、足は寒さでかじかみます。
夏場の染物工房も大変でしたが、
(👉詳しくは#4 https://kemco-keio.note.jp/n/n91560bbde3a4
天然の材料を使った、伝統的な物作りの裏には、大変手のかかる作業があるのですね〜。
しかもこれを10年寝かさないと完成しないのですから❗️気が遠くなる。

過去の古糊の出来をチェック!


さて、同時進行で過去に仕込んだ古糊の甕を開けて、状態を記録していきます。こちらはベテラン修復師さんがリーダー。

甕からは、発酵した匂いがします。
白い糊の上に茶褐色や、少し赤味を帯びたカビが出ています。
これを菌蓋(きんがい)と呼びます。

状態を写真に撮り、記録をした後、表面に溜まった水を抜き、カビ(菌蓋)を取り除いていきます。

菌蓋を取り除く

大小ありますが、12甕はありそうです。
菌蓋を取り除いたら、新しい精製水を3センチほど注ぎ、再び蓋を閉めます。
木製の蓋を和紙で糊付けするのは、中の微生物が呼吸できるようにするためです。
糊を熟成させるためには、甕の中の菌に生きて活動してもらう必要があリます。ただ、沢山繁殖しすぎては、糊が発酵する以上に劣化してしまう。そのバランスを、伝統的な方法で作り上げてきたのですね。

和紙で木蓋をしっかりと封印再び、冷暗所に納めます。
大切な代々の古糊

令和6年の糊が完成しました!


お昼に差し掛かる頃、甕が一杯に。
毎年貼り紙をしたためるのは、ベテラン修復師さん。
元々大学で書道を学んでいたそうです🖌

なんと私の名前まで入れてくださいました。
この糊が活躍するのは10年後、少しでも役に立てて嬉しい。
何よりも文字で読むのと、実際に体験するのとは大違い。
勉強になりました。
ゲストは私のような学芸員だけではなく、大学で美術を学ぶ学生さんなど様々。文化財修復に興味があって、力仕事できる方、歓迎のようですよ!

冷めたら、精製水を入れて蓋をし、冷暗所で保管するそうです。

ちなみにメジャーとあるのは、メジャーリーグかと思ったら、
毎年作成しているノベルティだそうです。
今年は布メジャー!(修復工房らしいチョイス!)
その年の「寒糊炊き」リーダーがアイデアを考えて、デザインするそう。
一年始まりの恒例行事をそれぞれの形で楽しんでいるんですね!

ノベルティでいただいた布メジャー。文化財調査で使用させてもらいます!

江戸時代、元禄期の記録に、「古糊」が出てくるそうで、その頃には装潢(そうこう。書物や掛け軸等の表装をすること。)材料として広く使われていたようです。
古糊は掛け軸の裏打ちに必須の材料で、粘着力の弱さゆえの、柔らかな仕上がりには欠かせない材料。
装潢師(そうこうし)が一人前になって、暖簾分けする際には、古糊の甕を1口譲り受けたというくらい、大事な材料なんですね。

古糊についてもっと知り合い方は、東京文化財研究所の早川先生の論考が参考になります。

https://core.ac.uk/download/pdf/146900546.pdf

伝統的な装潢材料でありながらその内容組成は未知である「古糊」。
「古糊」の正体は何か、興味が湧きますよね!?

奥深い文化財修復の世界。
使われる材料にも歴史があります。
現代まで脈々と受け継がれてきた修復技術とその材料ですが、大変手間がかかることが、今回の取材でわかりました。
一歩誤れば、簡単で楽な新素材に流されてしまうなか、100年、500年、、それ以上を見据える文化財修復の現場では、長い歴史が証明してくれている「伝統的な材料の確かさ」を今も守り続けているのですね。

おそらく次回が本当の最終回!

執筆:松谷芙美(慶應義塾ミュージアム・コモンズ専任講師)

協力:株式会社 修護

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