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【守ること、伝えること】文化財の修復を取材!「弘法大師像」 #7 最終回

この記事は「弘法大師像」(センチュリー赤尾コレクション)修復note第7
回です。
ついに作品が2年間の修復を終え、納品されます。

弘法大師像の納品の前に、実はミュージアム・コモンズでは、同時期に、もう1点別の仏画を修復していましたので、まずはそちらを紹介をします。

阿弥陀三尊来迎図

ミュージアム・コモンズではいくつか阿弥陀三尊来迎図を所蔵していますが、修復を行なったのはAW-CEN-000247-0000の来迎図。

極楽浄土の教主である阿弥陀如来と、臨終を迎えた者の魂をのせる蓮台を捧げ持つ観音菩薩、合掌して迎える勢至菩薩が描かれています。まさに極楽浄土へ導くその瞬間を描いた「阿弥陀三尊来迎図」は、平安時代中期以降に流行し、類似作例が多数現存しています。

修復前

戴金(きりかね)装飾を施した金色と緑青の対比が美しい作品ですが、残念ながら緑青部分を中心に剥落が進んでいるほか、三尊が乗る雲が描かれている部分もほとんど剥落していました。全体に横折れが生じ、なかには折れが著しいため、本紙の断片や絵の具が欠落する危険性も。
収蔵品中、修復が急がれる作品の一つでした。

金箔の剥離
横折れの様子

この作品は、弘法大師とは別に、文申堂という修復工房で修復していただきました。

修復前は、全体的に黒ずんでおり、背景と、光輪や雲の色の違いがはっきりしない状態でしたが、危険な箇所の剥落止めをした後、クリーニングを行うと、当初の鮮やかな色彩が見えてきました。

2022年夏の状態

修復の工程は基本的に、弘法大師像と同じですので、過去のnoteを参考にしてくださいね!

しかし、この作品は弘法大師以上に、絵絹、肌裏紙の劣化が著しく、顔料が、絵絹、肌裏紙と一体化している部分がありました。後補の絹も、残さざるおえない部分が多くあり、絹の織組織が、オリジナル部分と大きく異なり、支障がある箇所を中心に取り除きました。
また慎重に肌裏紙を取り除く作業が行われました。

2年間、時間をかけて、修復が完成。

納品の確認時の様子
修復後
修復後(阿弥陀如来)
修復後(勢至菩薩)

背景の深い群青色に、群青と緑青の光輪が描かれていたことが、はっきりとわかります。
修復前も、金箔の施された仏の身体は、比較的状態よく顔料が残っていましたが、横折れや剥離で乱反射していました。
平滑になったことで、当初の美しく愛らしい姿が蘇りました。
弘法大師に加え、阿弥陀三尊来迎図も、ミュージアム・コモンズで公開していく予定です。楽しみにしていてくださいね!

弘法大師像

詳しくnoteでその修復工程を紹介してきた弘法大師像ですが、ついに完成し、慶應義塾ミュージアム・コモンズに帰ってきました。

これまでのnote記事はこちら↓

前回(第5回)では肌裏紙の色を決めて、表具がついたお写真をお見せしましたが、少し時間を戻して、裏打ちの様子のお写真を紹介します。

1層目の裏打ち
2層目の裏打ち
3層目の裏打ち

3層目は墨色の増裏紙を選択しました。
1層目と3層目で、写真で使っている刷毛が異なりますね!
noteでは、あまり紹介できませんでしたが、材料だけではなく、修復に使う道具も重要。修復師だけではなく、道具を作る職人がいてこそ成り立つ、修復作業なのです。

そして、3層目を裏打ちした後、折れ損が生じている箇所や、補強が必要な箇所に裏面側から折れ伏せと呼ばれる、2〜3㎜巾に切断した楮紙を糊付けしていきます。
掛け軸を調査する時、ライトを透過させ、折れ伏せの状態を確認することがあります。折れ伏せの状況で過去にどのような手当を受けてきたか、知る手がかりになります。

折れ伏せ

その後、4層目の裏打ちを施し、表装の裂地を本紙と接合する、付廻しの作業。

付け廻し

5〜6層目の裏打ちを施し、仕上げます。掛け軸の軸木などが取り付けられました。軸木も経年で歪みにくいように、4枚の木を寄せ合わせて制作したものを使います。

組み立て


完成した姿はこちら!

修復完了後


お帰り!弘法大師さま!

ついに慶應義塾ミュージアム・コモンズに弘法大師像が戻ってまいりました。
納品時には、助成金の推薦状を書いてくださった先生、慶應義塾大学の仏教美術を学ぶゼミより、先生と大学院生のみなさんが集まり、修復の専門家のお話を伺いました。

裏面に施される裏彩色や、金箔押しは、修復のたび、少しづつ失われてしまうことが多いため、今回の修復で、金箔が確認できたのはとても幸運でした。
また、平滑になったことで、指先や面貌の描線が際立ったこと、一方で、粉本を写して制作される弘法大師像の特徴として、衣の描線などは、何かをなぞったような辿々しさが見られることなど、作品を前に話が弾みます。

美しく蘇った弘法大師像の姿を、皆様にご覧いただく機会を早く作りたいですね。

そして綿密な報告書も文化財の修復で大切なものです。材料は何を使ったのか、どのように修復したのか。後世にこの報告書を残すことで、次に手当てする際の手がかりになります。

さらに旧箱や、旧表具も一緒に保管します。旧補修絹のうち、墨線が施されれていた部分は、どこから取り外したのかを記録したメモとともにファイリングされています!

報告書の様子

今回は特別に、裏面の高精細スキャニングも実施しました。
修復で得られたたくさんの情報が、研究を深めるでしょう。
そして、慶應義塾の仏画の名品として、「弘法大師像」が、展示や教育に活用されて、愛されることを願っています。

2年間にわたって執筆してきた「【守ること、伝えること】文化財の修復を取材!「弘法大師像」」もこれで完了です。
ご愛読いただきありがとうございました。
これからも慶應義塾ミュージアム・コモンズの活動をよろしくお願いいたします。

執筆:松谷芙美(慶應義塾ミュージアム・コモンズ専任講師)
協力:株式会社 修護
    文申堂

「弘法大師像」(嘉禎四年)の修復事業は、公益財団法人出光美術館、公益財団法人朝日新聞文化財団、公益財団法人住友財団の3者より助成を受けて実施しました。

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